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私がフライトジャケットTIPE
A-2に出会ったのは約25年前のことだ。当時給料1ヶ月分もつぎ込んで、やっとの思いで購入した理由、それは映画「大脱走」の主人公キャプテンヒルツ(俳優はスティーブ・マックィーン)が着用した、リバイバル上映のスクリーン一杯に映し出されたA-2のカッコ良さに一目惚れしたからだ(年配のA-2ファンの多くがそうだと思う)。 憧れだったA-2に袖を通した。ホースハイド(馬革)の野生的な香りとハードな着心地が最高だった。似ても似つかないことは分かっていたが、それでも自分が映画の主人公になったようでニヤニヤしていたのを思い出す。 そして、このレザージャケットとの出会いこそが、10年間にも及ぶ私のレザーメンテナンスバトルの始まりとなっていく・・・・。 A-2は本当にタフなレザージャケットだ。分厚いホースハイドは硬く、まるで鎧のようで、正直言って着心地の良いものではなかった。よくもまあこんなハードな物を着ていたものだと、当時のWWUの米軍パイロット達に妙な感心を覚えた。しかし、本当にそんなにハードなのかということに気がついた。スクリーンの中でのヒルツA-2は体の一部のようにしなやかそうに見えたからだ。どうも私のガチガチ革と違うのだ。 「着続けると革が馴染むのか?」 そこで私は、本物パイロット達の着こなしに近づけてみようとA-2を毎日着て、ベッドで寝る時もパジャマ代わりにして鍛え続けた。すると、自分にもう一枚強靭な皮膚ができたように、私の復刻版A-2もヒルツのようなしなやかでいい味わいに育っていった。そう、これが本来のレザーのテイストだったわけである。 この出来事があったからこそ、私は革のワイルドな不思議な魅力に惹きつけられたのだろう。それからというもの、ホースハイドやカウハイド(牛革)、シープスキン(羊革)・・・・様々なジャケットやパンツ、ブーツなどをつぎつぎと手に入れた。しがないサラリーマンだったので大変な出費ではあったが、どうしようもなく止まらなかった。気がつけばタンスの中はレザーアイテムでぎっしりとなっていた。 数年後、レザーコレクションのエンゲル係数がだいぶ落ち着いてきた頃、私は大きなトラブルに直面した。それはレザーのメンテナンス方法だった。当時、私はレザーを着るばかりで手入れなんてまったくの無知。結局、雨に濡れたジャケットをほおっておいて、まるでキャンバス上のひび割れた油絵ようになってしまったり、これはプラスチック製品か?みたいに硬くなったり、無理に袖を通して破けたり、どうしようもないカビで覆われたり、体型が太ってしまい着られなくなったり(あ、これは違うね)・・・・。何しろマニアの方が知ったら、間違いなく叱られるだろうレアなアイテムを相当ダメにした。 そこでやっと気がついた(遅すぎ?)。革はコットンやナイロンなどの素材とは違い洗濯機にポンなんてできやしないのだ。でも、ずっとコンディションを保つためには何か手入れをしないといけない。やがて、レザーとはいったいどんな素材なのか?という疑問を持ち始めた私は、手入れの方法から革の製造過程、種類、歴史etcの情報を、書籍やレザー職人、アパレルの人たちから求めた。書いてある内容や聞いた話にはそれぞれ微妙な違いはあったが、要はレザーを長く維持して愛用するにはオイルアップと保管方法の2点が重要なポイントだということを学んだ。今みたいにインターネットでHOW TOをちょいちょいっと検索して・・・・なんてことができない時代なので勉強時間はかなり使ったと思う・・・・。 そして、究極の答えは毎日のように着続けることにたどり着いたのだが、残念ながら私はパイロットでもライダーでもない。よってオイルアップと保管が現実的なメンテナンス方法だという結論に達した。 保管の方法は意外と簡単ですぐに対処して解決できた。しかし、オイルアップは難問だった。初めはどこぞのシューズ用クリームで良いだろうと、安易に考えメンテしたが結果は最悪。オフホワイトのクリームがジャケット全体を覆ってしまい、慌てて懸命にポリッシュ(拭き取り)しても、最後まで縫い目などの隙間にこびり着いたオフホワイトはまったく落ちてくれなかった。 そんな苦い経験から、もっと良いクリームはないものかと、“MINK OIL”と缶や容器に高らかと書いてある様々な製品や他のOILベースのレザーメンテナンス類、植物性油脂タイプまで国内海外問わず試していった。末期には食品(オリーブオイル〜バター)や医療品(ニベア〜メンソレータム)にまで手を出す始末。しかし、結果はやはり隙間にこびりつく、革に油分が浸透しない、色落ちする、エアフォースマークのデカールが溶ける、数年続けたら革質がゴワゴワやピキピキに・・・・と、これは!というベストレザーメンテナンスアイテムには出会えなかった。 試行錯誤を繰り返しながらレザーメンテナンス製品をいろいろと調べて分かったこと。それは多くの製品が“蝋(ロウ)”をベースにして、石油などから抽出された鉱物油や浸透力がほとんどないラノリン(羊油)、有機溶剤などを配合した「革表面を保護するタイプ」だったことが分かった。自分が求める革内部からケアしていく製品はなかったのである。また、それぞれはそれなりに革メンテに使えるのだろうが、AAFマークのデカールなどは石油や有機溶剤が入っているタイプは“溶ける”という可能性がありいただけなかった。 実は、私が持っていたレザーのほとんどは動物革だったので、レザーメンテナンス用品の定番と言われる“ミンクオイル(動物性オイル)”タイプには期待していた。理由は、動物性の中でもっとも浸透力の高いオイルだったからだ。 ミンクは常温でもラードのように固まらないオリーブオイルのような脂肪酸成分を持つサラサラ状のオイルで、革の内部へ充分に油分を補給してくれると信じていた。しかし、実際はミンクオイルの含有量がメンテ用品の最高の物でも10%未満(残りは先に書いた様々な成分などを混ぜている)しか入っていなかった。これでは良質のオイルを革へ与えることは難しい。デカールなどの革以外のパーツへの影響も怖かった。 あるレトロアメリカン文化の本を読んだ時にレザーについて書いてあった。内容は当時のレザーメンテナンスは、着続けることにより人間の体から出る油分や手油などがゆっくりと全体に付着し、結果的に革に必要な油分補給をしていたそうだ。または、狩りなどで得た動物の純粋な“脂”を直接レザーに擦り込んでいた。この方法では“ミンク脂”がベストレザーメンテナンス油だった。どちらも動物オイルのみだから安心でもある。定番のレザーメンテナンスクリームの多くがMINKの文字や絵をドーンと書いてあることからも納得できる。でも、現実は耳かき1杯位しか含有していない製品ばかり。もしかしてMINKブランドを冠したいためだったのだろうか? 話が少しそれてしまったが、レザー用のメンテ類ではベストが見つからなかったため、とうとうあるアイテムに手を出した。それは、当時かなりの高級品として販売されていた“100%MINK OILローション”すなわちスキンケア製品だった。 純度100%MINKの結果はご想像の通り。レザーへの浸透性は抜群で、もっとも繊維のキメが細かいコードバン(馬の尻革)でも1〜2日置くとオイルが驚くほど浸透した。もちろん、ジャケットなどの縫い目にダマが残ることもない。何しろメンテ後のレザーはしっとりしてしなやかさが明らかに違ったのだ。さらに、100%アニマルオイルだけにもかかわらず、ポリッシュすれば光沢が出たことにもビックリした。この作用は、革本来の油分がバッチリ戻った結果がもたらした、リフレッシュ効果によることが後になって分かったが・・・・。 こうしてやっと出会ったベストレザーメンテナンスアイテムが100 %ミンクオイルだった。やっぱり昔の方法は正しかったわけだ。私はコレクションしていた全ての革ジャンとブーツに、このミンクオイルローションで手入れした。もちろん、全ての革質が見違えるように蘇った。気がつけばローション1本を10アイテムに使い切っていた。 しかし、やっと発見したベストな手入れ方法は余りにも高価なものになった。50mlで3万円もするのだから当然といえば当然だ。「仕上がりに責任持てません」とやんわり言われるレザークリーニングよりはもちろん安価ではあったが、やっぱり聖徳太子3枚は痛すぎた。結局レザーメンテナンスバトルは振り出しに戻ってしまうことに・・・・。レトロアメリカン文化の本に書いてあった、私の憧れの純粋なミンクオイルでのメンテナンス・・・・それは、当時安く手に入ったからこそできたのだ。 私はそれからというもの、革にしっかり浸透して、そして革のために本当に良い100%ミンクオイルと同じで安いタイプの動物性オイルを探し求めた。油脂専門の会社に様々な原料も取り寄せてみた。牛や羊、豚の油は値段も安かったので期待したが、届いたオイルはすべてラード状。レザーに試してみたが、やっぱりあのミンクローションのような劇的な浸透作用と光沢とは無理だった。 ある日、私の知り合いのお婆さんが、乾燥肌をケアするのに良く効くスキンクリームの話をした。 「アロエか、それともニベアか・・・」 私は彼女の年齢から自分勝手にそう決めつけて聞き流していたのだが、次の一言で私の無関心が一変した。 「馬の油はサラサラして、よ〜く染み込む、皮膚にはこれがいちばん良か・・・」 それでハッと気がついた私は、早速お婆さんの馬油を使ってみた。その結果はなんとミンクローションと同じ、いやそれ以上の浸透力で、もちろんポリッシュすると本来の自然なレザーの光沢も戻った。しかも値段はミンクの1/10・・・・。 そう、これがマスタングペースト誕生のきっかけとなったのだ。 それから10年、私はホースオイルでレザーのメンテナンスをし続けている。ジャケットもパンツもシューズも、ホースハイドやシープスキンも・・・・スムースタイプのレザーは全てこのオイルのみだ。 その間に分かったこともたくさんある。ちょっとした手入れの違いで、いつまでもピカピカで美しさを持続できたり、クタクタでラフな味のある風合いに育てていけたりと、レザーアイテムの性格にマッチしたメンテナンスが自由自在にできるということ。また、同じホースオイルでも品種や部位、さらには脂から油にする精製方法によっても革への作用に違いが出ることまで分かった。 メンテしなければと慌ててから20年。大学などで臨床実験や比較実験までも行い、色んな寄り道を繰り返してたどり着いたベストレザーメンテナンスオイルが、マスタングペーストとなった。 このレザーファンが満足できる昔ながらのローテクオイルは、きっと革が持つ本来の素材感を生かし続けてくれると信じている。 |